僕が映画に出ることになったわけ
             加藤昌史

 私・加藤昌史が、なんと映画に「出演」させていただくことになりました。

 かりにも、「演劇プロデューサー」である私が、他の役者が出たくてたまらない「映画」に出てしまう、ということは、本来ならあってはならないことじゃないか、とも思います。これが、小田監督以外からのお話だったら、たぶんお断りしていたんじゃないか、と振り返って思います。だって、やっぱりこれは「営業妨害」でしょうが。石井光三オフィスは、社長が出てますけど。

 というわけで、こんなことになってしまった顛末からお話ししましょう。

 もとはと言えば、某放送局の知り合いの人から、「小田和正さんが今度映画を撮るんだけど、その映画に劇団が出てくるので、演劇のことについていろいろ話を聞きたいということです」とうかがったのは、去年の秋。で、高校時代にオフコースのレコードを全部揃えて以来、ソロアルバムも全部持っているというフリークの僕は、「小田さんに会える!! 」ってだけでおおはしゃぎだったわけです。結局、真柴あずきと二人で小田さんの事務所におうかがいすることになりました。

 事務所でお話した小田さんは、温和でイメージ通りの方。今まで歌で聴いてきた通りの方でした。

 現在の演劇状況や、劇団の運営に関するさまざまな質問を小田さんからされて、2時間ぐらいお話しして、僕たちは事務所を後にしました。

 その晩、高校時代にいっしょにオフコースの曲をコピーしてやっていたバンドの仲間の友人に電話して自慢したのは言うまでもありません。

 

 その後、もうすっかり忘れていた頃に、小田さんの事務所から「小田が今度の芝居を見たいと言っている。チケットはどうやって取ったらいいだろう」という電話が来たのです!!

 あの小田さんが、キャラメルボックスを観に来てくれる!!

 それだけで大興奮でしたが、初日になんと赤坂BLITZに小田さんからお花が届いたのです!! うひゃあーーっ!! ……でも、製作発表とかまだだから、あんまり大々的に宣伝はできない。ううう、前説で「小田さんが観に来てくれるんですよーっ」て言いたい……でも言っちゃダメ。そんなわけで、ロビーの、できるだけ目立たないところにお花を飾らせていただきました。

 そして、ついにご本人が登場。……とは言っても、僕は前説に出ていたのでいらっしゃったのには気づきませんでしたが。終演後、楽屋にご案内してお話ししました。そして、「うん、よかったよ。おもしろかった。」と一言おっしゃっていただきました。うううう。

 それから1週間ぐらいして、また事務所から電話がかかってきました。「あの、ライナスをやった菅野良一さん、出てほしいって小田が言っているんですが」。……!! ……スガノ?! うっひゃぁーーっ!! こりゃぁタイヘンだっ!! 小田さんの映画に菅野がっ!! 私は答えました。「あいつは、春から大学に戻って虫の研究をする、って言っているんですが、僕が説得します!! 」と……。実は、何の確証もなかったんです、菅野が出てくれるなんて。

 でも、菅野は受けてくれました。……というより、1年間学生に戻るにあたって、学費のメドがまったく立っていなかったので、出演料を学費に充てよう、という腹積もりだったのです。なんて計画性のないヤツだ……。

 でも、菅野はあんまりテレビとかのマスコミには興味がないヤツだったので、僕としては逆に映画でデビューというのもいいな、と真面目に思ったということももちろんありましたけどね。

 

 そういうわけで、菅野が「やる」ということに決まった数日後、また事務所から電話がかかってきました。「菅野さん、OKいただいてありがとうございました。ところで、加藤さん。シャレで、出ません?」……!!

 

 僕?

 

 「……いや、そーゆー役だったら、ウチの西川とか、近江谷太朗とか、そういうもっと適役がいますからそっちを使ってください」と僕。

 「いえいえ、監督が、加藤さんを、ということだったので。」

 「……や・やります」

 

 ああっ!! この電話で、僕の人生は変わってしまったのです!! ラジオたんぱのDJをやることになった時の興奮や、ZABADAKのライブにコーラスで出してもらえることになった時の興奮が、走馬灯のように蘇りました。高校時代の夢が、また一つ、かなってしまったのです!! 映画に出る、しかも小田さんの……。
 しかし、会社はどうするんだ?! 俺は一応、社長だぞ?映画に出るとなったら、万難を排して参加しなきゃならんぞ……?!
 で、会社で社員のみんなに相談しました。「こーゆー映画に出てくれ、って言われて、うん、って言っちゃったんだけど……」。
 しかしっ!! その台本の主役の人の名前を見て、みんなが大騒ぎしました。「渡部篤郎」。
 そうです、当時、大々的に社内で人気のあった『ストーカー逃げきれぬ愛』の、ストーカーご本人が主役だったのです!!
 社員一同が、「やってくださいっ!! で、渡部さんのサインをもらってきてっ!! 」と……。特に生方と大澤、おまえらだっ!!

 そして、成井さんに報告。「いいんじゃない?やった方が」。それだけでした。

 そして、キャラメルの役者たちが所属している「ミーアンドハーコーポレーション(以後ミーハーと略す)」に連絡。「加藤さんもね、役者がどんな現場でがんばってるか、その目で見て、体験してくるのに、いい機会よ。監督に指名されて断るなんて、ダメ。やんなさいやんなさい」。……ちなみに、この相談した「ミーハー」の上川のマネージャー「Y」は、学生時代の「劇団てあとろ50'」の同期生(学年は僕が1つ上)のやつ。むかしっから、よく僕の人生を勝手に決める奴なのです。そしてまた、ラッパ屋の福本さんの奥さん。わはははは。バラしちゃったーっ!!

 というわけで、社員のコンセンサスも得て(本当か?!)、僕はやることになりました。

 その後、「ミーハー」に僕と菅野のマネージメントをお願いしたので、上川のマネージャーであるYさんと、菅野と3人でいっしょに小田さんにご挨拶に行きました。

 菅野は、直接はその時が小田さんとは初対面。ど緊張していました。小田さんは、菅野にいろいろと質問。僕は、例によって「こいつ虫と鳥が命なんですよ」とか、「劇団でいちばんいじられてるんです」とか、よけいなちゃちゃを入れていましたが、最後に、僕は何も聞かれないので急に心配になって、「あの……、僕は……」と聞くと、「あ、君はシャレだからさ」と一言。ニヤッと小田さんが笑いました。その瞬間に、僕はものすごく気が楽になってしまったのでした。

 

 そして、今年2月。僕と菅野と、そして西川の名前が刷り込まれた台本が届きました。西川も、その後、ワンシーン限り、という役で出していただけることになったのです。どんなシーンに出るかは、お楽しみに……!!

 

 というわけで、僕は映画に出ることになったのです……。


 ただっ!! そこで大問題が……。

 衣装合わせの時、「あ、そのメガネ、まずいなあ。いっしょに出る大江千里さんもメガネだし……」と言われたのですっ!!

 僕は、何を隠そう、「コンタクトレンズなんかつけてるヤツは人間じゃないっ!! 」説を常に唱えてきた人間だったのです。あんな、「目の中に物を入れる」なんて行為が、神に許されるはずがありませんっ!! メガネでいいっ!! メガネがいいのだっ!! ……僕は、そう叫び続けてきた「コンタクト毛嫌い野郎」だったのです!!

 しかしっ!!

 「あ、大丈夫です。僕、コンタクトにしますんで。」……!! あああっ!! うそつきっ!! 君は自分に嘘をついたのだっ!! ああっ!! いくら小田さんのためとは言え、今まで20年近く守ってきた「コンタクトなんて死んでもしない」ポリシーを、一瞬にして破ってしまったのですっ!! ノォォォォォォォォッ!!

 しかし、翌日、僕はあっさりいつものメガネ屋さんに行って、「すいません、痛くないコンタクトください」と言っていたのです……。

 なおかつっ!!
とあるところから、小田監督が「G-SHOCK」が好きらしい、という情報を入手した私は、晃一の服やら、なんやら物いりだという時に、なんと、「G-SHOCK」のニューモデル、しかもキレモノの営業らしくメタリックなとっても高いヤツを買ってしまったのでしたっ!! ああっっ!!

親ばかだけならまだしも、芝居バカだけならもっとまだしも、「小田バカ」になってしまっている……。ううう。もう後には戻れない……。

そんなことしてるヒマがあったらもっとセリフを考えればいいのに……。ううう。

スタイリストの丸山さんからは、「まぁ、ワンフ(ファン、のこと)丸出しねー」と笑われてしまいましたが……。


撮影初日に、中島ひろ子さんが僕のデジカメで撮ってくれた、衣装を着けてメイクしてコンタクトを入れた、僕。

「野口」という役です。

渡部さんが演じるシンガーの事務所の営業、という役。菅野は、その事務所の若手の、渡部さんのマネージャー役なので、がんがん出ますっ!!


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